ponta日記

・主婦カウンセラーの日常・・・は?

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あたかもあるかのように思うから
2022/12/03

天職って、何なんでしょう?

自分の能力を発揮できる仕事のこと?自分の才能を思う存分使える仕事のこと?得意なことだけ毎日できる仕事?だから、毎日が楽しいし、やりがいがあるし、周りにも一目おかれる…という仕事のことなのだろうか。

何をもってその人が天職と言うのか、認識するのかでそれは変わります。ということは、その人の意味づけだけのことでもある。

他人からは「天職につけていていいですね」と言われても(そう見られていても)本人がそう思っていないことはよくあると思います。また「きつい仕事ですね、さぞや大変でしょう」と周りから言われたり、見られていても本人はこれこそ私の天職だ、と思っていることもあります。とても個人的なものです。

自分に合った天職を見つけるといいますが、見つけるものじゃないですね。見つかるまでひたすら探し続けていたらそれだけで一生が終わります。それから天職は自分で作るものだとも言われています。今の自分の仕事に集中し、没頭していくことで、そこに自分なりのおもしろさを感じられるようになったり、それが上手になったときにその仕事を天職に自分で作りあげたというものです。

それもひとつの意味づけなので、あると思います。

しかし、意味づけができるということは、絶対なそれがあるわけではなく。ということは、無いものなのかもしれないということです。天職はない、という意味づけもできる。そう、そもそも天職ってないのかもしれません。だから、ここでも、やはり言葉にわずらわされることはないと言えます。

あらゆることへ意味づけをしているのは自分。それによって、自分の世界には何かが現れたり、消えたりしています。本当に確固たる、絶対なるものはないのです。それがあたかもあるかのように思っているので、人は苦しむのだと思います。

自分が楽しく感じる生き方をすればいい
2022/12/02

外側から見て、成功している、きらきらと輝いて見える人はいます。

しかし、昨日書いたように、人であれば何かしらの闇を心にかかえていたり、身体に抱えていたり、今までの人生に、仕事に、家族にかかえていたりします。

そのことを自然に話せる人はまだしも、ほとんどの成功しているように見える人は自分のその部分は隠します。多分自分のイメージが崩れてしまうと思っているからでしょう(そこにビジネスがからんでいればなおのことです)そういう在り方が、自分らしく生きるということなんだろうか?ということです。これは自分らしく、ではなく、他人から見えている自分らしくなんでしょう。

自分らしく生きるってどういうことか?簡単に言ってしまえば「自分が楽しく感じる生き方をすればいい」ということなんです(もちろん黒パターンのそれではなく)

自分の心の声を聞く、とか、心からの衝動にのってみる、とか、心で感じている違和感を避けたり、離れたり、快感、直観を優先したり、そのときそのときの自分が楽しく感じること、いいな、と思えること、やってみたいと思うこと、これはやめておこう、など、それをやればいいんです。一見無駄だと見えても。そこに全く意味がなくとも。それでも自分のためにそうしてみる。

それは昨日書いた「毎日が楽しい、充実感がある、達成感がある、スムーズにいく、思い通りにわくわく、きらきら」というところとは違う感じがすると思います。それらは「楽しい毎日ってこういうものですよ」というひとつのサンプルです。絶対ではない。しかし、多くの人はそれを目指そうとする。それがゴールであるとも思える。

どうしてか?と言うと自分で生み出していないからです。誰かのそれに乗ってしまっているからです。

今日書いていることは、ひとりひとりにとってそれは違い、それも一瞬一瞬でくるものであるということです。従って、共通のゴールはないし、共通の楽しさもありません。ある人にとっては楽しさとは静かに1日が過ぎていくことかもしれない。ある人にとっては仕事を頑張れたことかもしれない。ある人にとっては仕事の後の一杯かもしれません。そしてその個々の楽しさも、どこかで変わっていくものでもあります。

そして何よりも、それは自らが生み出したものであるということです。ここが大事なんです。自分という個体が考え、感じ、体験し、自分の内から生み出したものこそ、その人のものです。

楽しさも、充実感も、達成感も、スムーズも、わくわくも、キラキラも自分のものを持っているかどうかです。

そうであれば、天職だって、ひとつのサンプルを追い求めることはなく、自分の意味づけする天職でいいわけです。

なんてもったいない
2022/12/01

多くの人は、毎日を楽しく生きることを過大に求めているんじゃないかと思います。

その楽しいには、充実感とか、達成感とか、スムーズにことが進むとか、笑ってすごすことが毎日あって、おまけに天職についていれば、それはとても幸せなことだと思っているんじゃないかと思います。それが自分を生きているということの証のように思っているんじゃないかと思います。

そうであると、そうできない人は自分はだめだと思い、自分は敗北者だ、自分の人生はなんだったのだろうと思うかもしれません。

天職への過大な憧れや、過大な意味づけ、それを手に入れなくてはいけないというプレッシャー。それでもそれを手にできない焦りや、不満、他人との比較。そういうものが自分の心を沈めていくんです。その誰が作ったのかわからないひとつの意味づけを信じて、それに縛られていくことが自分を苦しませ、自分の心を汚していくのです。

わくわく生きよう、自己実現、自分の思い通りの人生を創る、好きなことを仕事にしよう、などなど人をひきつける(黒パターンを満たす)文言がたくさんあります。あたかも、それが真実であるかのように思ってしまう人が多いのだと思います。

人が生きていくのに、毎日楽しいなんてないです。ないものを手に入れようとすることは無理なのに、それができない自分を責めていく、という大変危険な状態に自分を落としていきます。本当は豊かに生きられるはずの自分の人生が悲しみと後悔の人生になってしまいます。なんてもったいない。

で、私のことですが「洋子さんって毎日が楽しいんだろうなあ」と思われているらしい。それは幸せそうに見えるということなので、大変ありがたいことではありますが、決してそうではありません。かといって毎日がつらいのでもありません。

「私は、日々、普通に生きてます」と言うのがぴったりだと思います(普通に、というのは、いい時も悪いときもありながら生きているということです)

昔は私も、自分が嫌いで、うまくいっていない自分の人生がいやで、きらきら成功を求めて、いろんなセミナーに参加し、本物だと思われる先生についてその秘儀を学んで自分もそうなりたいと思っていました。

しかし、どこかの時点で、そういうことを追い求めなくなった。何かそれが嘘っぽく感じられた。そして、私から見て、この人は本物で、成功していて、幸せそうと見えていた人たちがそれぞれに心の中に闇を持ち、それは見せずにいることに気づきだしてから、そもそも、追い求めていたものが違うんじゃないだろうかと思うようになりました。続く。

この曲に出合うために…
2022/11/29

「クラシック音楽を聞こう!」と先日のクラスでも話ました。

以前にちょこっとそのあたりの話をしたと思うのですが(デヴィット・R・ホーキンズ博士によるクラシック曲の数値はのきなみ「愛」のレベル)。

コロナ後、急に聞きたくなったクラシック音楽。あれから約半年、毎日(出張時も)聞いています。で、自分が変わったことを実感しています。その変化を言葉にすることが難しいのですが、一言で言ったら「余裕」です。余裕っていろんな意味付けができるので、余裕という一般的なことだけではなくて、個を見ながらも全体を見て決めていく、余裕。または、まあいいか、というところの余裕。私は他人ではなく、他人も私じゃないから、自他ともに、まあいいか、という感じです。あとは、手放していく余裕。それが私にとってはとてもよかったと思います。

クラシック音楽は確実に人に影響を与えます。

近所に80代のご夫婦のやっている日本蕎麦屋さんがあります。先日60周年がありました。今は週4日営業ですがほとんどがリピーター(ファン)のお客さんです(私はこれからも続けていただきたいので週3日営業でもいいと思っている)

で、このお店、日本蕎麦屋さんなのに、昔からずっとBGMがクラシック音楽なんです。ピアノ曲あり、バイオリン曲あり、交響曲のような重いものはないようですが、たまに、協奏曲もあります。多分、ご主人がお好きなんじゃないかと思います。

このお店が60年続いたのは、もちろん、ご夫婦のお人柄と、美味しいお蕎麦がありますが、もしかしたらクラシック曲の力もあるんじゃないかと思いました。お店が、そして、そこにいる人々が清々としていくのかもしれません。なんせ「愛」のレベルの中で毎日お二人は働いていて、私たちはその方達の作ったお蕎麦をいただくのですから。

忙しい毎日、じっと一曲に心身をかたむけて聞くということは難しいと思います。そうであればBGMとして聞いてもいいと思います(ただ、一流の音楽家の演奏のものがいいです。)そしてたまには、じっくりとその曲に向き合って聞いてみるといいと思います。短い曲であれば、それもできると思います。

そして、何度も何度も聞くこと、と巨匠たちは言っています。それを繰り返すうちに、音楽を聞くということがなんか自分なりにわかってきます。そして、音楽が自分を違う領域へ連れていってくれるということもわかると思います。

難しい解釈とか、音楽用語とか、この曲のこの部分はこれを現していてとか、そういう思考的なものはいらないです。自分が好きだな、と思うものでいいんです。私も好きなものばかりを聞いています。意外にも、嫌いだったモーツアルトをこの頃は聞くようになりました。バッハは今だに苦手ですが、いつかバッハ好き、となりたいものです。

自宅で簡単に聞くことが出来る現代、本当にありがたいことだと思います。この曲に出合うために生まれてきたんだ、と思えるくらいの曲にめぐりあえたら、これは、ものすごい宝を手にしたことと言っても過言ではありません。

言葉にまどわされない
2022/11/28

今年最後の茅ヶ崎クラスも無事に終了いたしました。クラスの皆さま、1年間おつかれさまでした。クラスが行えるくらい、今年も恵まれました。そのことに感謝です。

さて、今回はクラスで「言葉にまどわされないで」と何度も言った気がします。私たちはどうしても言葉にまどわされます。

例えば「正しさ」「純粋」「ミーム」「成長」「好き」「よい感覚」などなど。そういう意味では「私」もかも。

それらからはとても良いものであるという類の意味づけがすぐに出てくると思います。そして、良いものであるという意味づけが普通に強いものなので、それを追い求めていこうとしがちです。それらをもっと知りたい、もっと体験したい、もっとそういう自分になろう、と思い、行動にうつす。

しかし、良いことでも度が過ぎてしまえば愚の骨頂(それをストップしてくれるのが反対の意味づけです)これは全てがそうなんです。多分ものごとには、その人にとってちょうどいいところというのがあって、それは人それぞれ。自分のちょうどいいところを見つけていく=バランスをとるということがここでも大事です。

クローゼットや部屋にたくさんの服や物があると、圧迫感を感じたり、空気がよどんでしまうような感じがすると思います。すかすかくらいのほうが安定します。これと同じです。実はちょっと物足りないくらいがベストなんです。物質も心もです。

物足りない心でいること。いつもいっぱいに満たそうとしないこと。わかりきってしまおうとしないこと。先に延ばすこと。とりあえず待っておくこと、など。それは常にスペースがあること、余裕があることなんだと思います。

で、そのスペース、余裕が「言葉」というところにとらわれない状態をつくるような気がします。余裕があればすぐに反応することなく、じっくりと、その言葉のもつあらゆる可能性(ネガティブな意味づけも)を考えられるからじゃないかと思います。

言葉にまどわされない、自分が言葉を選んで使っていく、そういう心身を自分が創るということだと思います。

周章狼狽
2022/11/24

久しぶりに「意思のはたらき」R・アサジョーリ著を読んでみた。(まだ最初の部分だけ)

冒頭の文章『昔の文明圏、たとえば古代ギリシャ、あるいは古代ローマ時代から一人の男が突然現代の人類の社会に出現したと仮定します。おそらく彼の第一印象では、今の人類社会は魔術師か半ば神々である人間の世界のように見えるでしょう。しかし、彼がプラトンやマルクス・アウレリウスのように、進歩したテクノロジーによる物質文明の奇蹟に眩惑されないで、人類の条件をより注意深く検討するとしたら、彼の第一印象はただちに大変な周章狼狽に変わると思われます。』と書いてあります。

プラトンやマルクス・アウレリウス(きた…ストア派)であれば、というのは何が人本来なものなのかを知っている人たちであり、それは言いかえれば、どの領域で生きている人たちなのかということです。そういう人たちから現代の人たちを見たときには、その外側のわかりやすい部分ではなく、人々の内側へ視線を向けるであろうということです。そして一見したところから『大変な周章狼狽に変わると思われます。』ということです。

で、文章は続きますが、何に対して周章狼狽なのかというと、現代人は自分自身の情動、衝動、要望を取り扱うことができないということに対してです(それが苦しいから外側を大きくし、固めようとするんですが)そして、それゆえに、人々はそこにまつわる諸症状(恐怖や不安や不満や他との比較、競争、勝敗、自己否定、自己不信、自己嫌悪、などなど)に悩まされます。そして増々外側を繕う。

その治療法として「外側の生活を簡素化すること」「内側の力を開発すること」とアサジョーリは言っています。ざっくりと言ってしまうと。

外側の生活の簡素化は、ミニマリストになれということではなく自分の心の反映である外側、そこを簡素化していくこと(あらゆることに対してのもっともっとをやめる)であり、そのためには内側の本来自分がもっている力を開発していくこととなります。自分を変えるのはこの内なる力のみです。外側のものが自分を変えてくれるのではありません。従って、幸せも内側から創るものです。結局、内あっての外です。

また、ゆっくりと読み進めていこう。

さて、今日から今年最後の茅ヶ崎クラス2日間です。楽しく、集中して学んでいきたいと思います。

まず、意識ありき
2022/11/23

人は意識。そしてその意識ありきで全てが出来上がっていきます。

意識ありきで、というのは、心で何を決めているかということです。何かを決めてそこに向かって動くから、自分でそれを感じ取れるし、自分の形になる、そして、周りから見てもそれがわかる、ということになります。

なので、スタートは自分が意識的に何を決めるのか、決めているのか、というところです。この時に大変役立つのが「いい感覚」です。それも心の深いところで感じられるそれです。それをセンサーとしてみるといいと思います。それとともに決めます。

しかし、このようにして決める人はまだまだ稀で、はじめに外側から作っていくという人のほうが多いです。なぜならば、そのほうがとりあえず早く結果が出るからです。そして、それが普通であると思っているからです。そうして作ったものが結果だとここでは思っています。

こうして、まず外側からでもそれは手に入ります。外側は自他ともにわかりやすく見えていて、自分でもそれが欲しかったはずなのに、でも、長続きしないことのほうが多いです。そして、何故だか毎日疲れる、もやもやしている、いつも不安、などの気持ちにおおわれます。それは、天の在り方に沿っていないからだと思います。そして、それは選んでいるものが、違うということを教えてくれます。まずは、意識からと教えてくれていると思うんです。

今の自分、自分の周りは今まで自分が決めて来たものでできている。きっとそれは無意識でだったと思います。だから意識的にあるということで、今度はまたそれを作っていけばいい、ということです。

壮大な旅に出発
2022/11/22

昨日で今までの資料とは別れ、生まれ変わった自分として(少々大げさですが)来年からどんなことをやっていくのか…というビジョン?意思?を思ったときに(学んでいる方達の今向き合っていることを主体に考えたときに)「黒パターン王」を壊していくことをやりたいと思いました。

以前、話した「黒パターン王」それは太い太い大きな木であり、深く、広く根をはった大木です。その木には幾度となく繰り返した過去世でクリアできずにより強く決めてしまったこと(ある意味自分の核)でできています。これを、壊していくことが必要だと思いました。

その大木の幹の部分はずばり「全てを自分の思い通りにしたい」です。よく考えてみると、全てを自分の思い通りにしたい、は、自分の正しさ、をしっかりと信じている状態で、正しい自分が言うのだから思いどりになっていないのがおかしい、思い通りになるはずだ、と思っています。そして、大木ゆえに、自分はすごいとも思っています。ここまで書いてアダムとイヴが神のようになれるからとへびに言われて食べたリンゴの話を思い出しました。今だに私たちはこれをやっているということです。

その大木からは枝がたくさん伸びていてそれのひとつひとつが黒パターンです。「認められたい」「大事にされたい」「誰よりも上にいたい」「賞賛されたい」「自分はだめだ(←すごいはずの自分なのに現実にそうなっていないから)」「自分は愛されない(←同)」「色々言われたくない(←自分は正しいのに)」などなどたくさんあります。これらすべて、思い通りになっていないことへの不満と不安、怒り、恐れです。理想と現実のギャップに人は悩み苦しむと言われていますが、黒パターンの理想と現実のギャップのことです。

その枝の部分はケアしてきていると思いますが、そんな枝をつくっている幹の部分があるということです。

それを壊す…と言ってもパターンなのでずっと存在していくのですが、過去世から続いている壮大なドラマです。その1つの結末(ある領域においての意味づけ)を今話すとわからなくなると思うので、まずは、それがあることを知ることからだと思います。

来年からはこのあたりです。そこもいい感じでグラデーションをもちながらやっていきたいです。急にぱっと変わるものでもないし。ということで、外見的にはどこが変わったの?と思うと思いますが、壮大な旅に出発していこうと思っています。

シフト
2022/11/21

昨日は、この24年分の資料を一気に整理し、今の自分に合った資料を残して、あとは全部処分しました。かなりの量でした。

年内にできるだけ軽くしておきたかった(人よりは持ち物は断然少ないですが)のと、次へシフトしていきたいという思いがあるからです。

今まで多くのワークペーパーを作り、それを使ってのクラスを行ってきました。そのときにはそこが担当分野でした。そこを助けてくれた多くの資料です。しかし、人とは移り変わっていくものです。これは私ももちろんそうです。ある時から、なんとなく、自分の心の中から湧き出てくるそれがありました。

それは成長とか進化とかを求めているゆえのものではなく、普通に生活をしている中で、何かに導かれるように、促されるように心の深いところからやってきます。

ざっくりと言ってしまうと、より「そもそも」で生きるというところが私のシフト先であり、それをまた皆さんへ伝えていくことがこれからやっていきたいことになります。ここから学ぶことは、外側が変わるということではないということです。目に見える何かを新にプラスしましたではなく、変化というのは、内からやってくるということです。それがあり外側もまた変わります。

シフトは、具体的に言うと「愛」=天そのもので、そこに住む私たちが、肉体を持ってこの地上でいかに愛の人に成るか、そして、それを自分が体現して生きるか、それも自分の個性と合体させて、喜びを持って、というものです。

そのシフト先に、もう、過去の資料はいらないと思えたのです。思い返せば「その時、どんな気持ちでしたか?」という感情を感じるところから全員がスタートしていたのに、今や量子力学です。まさかここに来るとは思っていませんでした…が…これもまた「愛」に向かう一つであることは確かです。

この、今までのことが終わった感は、心身をリセットさせると同時に、また、生まれ変わった自分として存在していくとも思いました。

「資料、全部とっておいたほうがいいんじゃないの?あとから、あの資料、とっておけばよかったと思っても、遅いよ」とパターンは言っていましたが、そのときには、新なものを自分が生み出せばいいと思っています。

しかしーーーー、一気にかたづけたのはやはり疲れました。休み休みやろうね、と自分に言っていたのに、一気にかたづけたいパターンの声にまたのってしまった。こここそ要更新。

意味づけの更新
2022/11/20

人があらゆるネガティブなことから解放されていくのには「意味づけの更新」しかない…と思っています。それにより自分を自分で引き上げているんです。

今、自分自身や自分の周りで起きている現実、それはどうやっても消せないし、見ないわけにもいかないし、ほっておけばいいというわけにもいかず、だと思うんです。それに対していろんなパターンが騒ぎ、いろんな感情に飲み込まれてしまいます。

そんなときに、柔軟に自分がそれに対しての意味づけを更新していかれれば(それによりすぐに現実が変わるということはなくても)精神的に、前を向いていかれる、進む道が見える、そのことにより少し楽になれると思います。

何かネガティブな感情や感覚にのみこまれているときに、いわゆるポジティブにそれらを捉えなおすということが一般的に多いと思います。

例えば、仕事場で上司からきつい態度をとられたときに、とてもショックを感じ、自分は嫌われているのではないだろうか、自分はもういらないと思われているのではないだろうかと思うかもしれません。しかしそこで「上司は私の成長を願ってそういってくれているんだ、こう言われるということは自分にのびしろがあり、私は期待されているんだ」と考えて自分を励ますというようなことです。いわゆるポジティブシンキングです。

意味づけを更新することはちょっとそれとは違っていて(上司の)「きついもの言い」のマイナス意味づけとプラス意味づけを出していくということになります。マイナス意味づけのほうはたくさん出ると思いますが、更新に役立つのは新な意味づけなのでこの場合はプラス意味づけです(もちろんマイナス意味づけの場合もあります)

「きついもの言い」を中心に立ててみたときに、それによりどんなラッキーなことが、これからの自分を感じられることが、そんなふうでありたいと感じられることがあるのか、を健全に、建設的に出していきます。これって光に向かっている感じがします。

例えばプラス意味づけとして「きついもの言い」により、自分の見過ごしていた部分を発見できる、仕事に対する自分の本気度を見直す、その言葉のいわんとしていることを考えるきっかけになる(それがあまりにひどい場合は)反面教師、上司への理解の機会になる、などなどが考えられます。

それらを言葉にし、感じてみたときに、今すぐそうなれなくても、何かそこに心地よきものがあれば、解放されていく感覚があれば、それを自分で選択していくということです。新な意味づけ選択には「勇気」が必要なので、この最も生涯にわたって必要とされる資質もそれにより育てることができます。

自分を進ませるために行う、ポジティブシンキングとは違うのが意味づけです。この違いの感覚を感じてみてください。

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