ponta日記

・主婦カウンセラーの日常・・・は?

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うそを選ぶ
2019/09/17

「自分に正直であれ、と言っても、仕事ではそうもできない」という質問もよくいただきます。

上司に頼まれた仕事。忙しいのに勝手に頼んできて・・・と思いながらも「はい」と言う。本当なら「忙しいから嫌です、他の人に頼んでください」というところが自分に正直であることだけど、それは、できない、ということです。

職場ではこのように、不一致であることが普通ということです・・が・・このような公の場でも、自分に正直さ、一致を通すことができます。それは<本当は断りたいところだが、この場、この状態ではそうするわけにもいかず。だから、今回は、自分に正直ではない、不一致を「私」が選ぼう>ということです。うそを選ぶと言う言い方もできます。「私」がうそを選ぶというところでそこに一致が成立します。ここまで意識的にしっかりと「私」が選ぶということです。

良くないのは、えーーーーっ嫌だなあ、なんで私に頼むわけ?と思いながらも、なんとなーーく、いつもの流れで「いいですよーー」と表面的には快諾してしまい、後から不満たらたらになることです。

これは何ごともですが「私」が選んだものには簡潔さ、完結さがあります。そこで選んだこと、決めたことには後悔や不満はなく、行うことになります。もちろん、職場であっても、仕事がよりスムーズにいくために、自分の正直な考えを伝えてみるということも大事です。それも「私」が選ぶということです。

そして、プライベートにおいては、自分の正直な思いを通してみる(パターンの気持ちじゃないですよ)ことをやってみてください。そうやってできるだけ一致させた自分としています。これも練習です。練習を重ねていくうちに、どんな状況のときにうそを選ぶのか、正直な自分を通すのかがわかってきます。とにかく黒パターンを使わないことです。

たったそれだけ
2019/09/16

きのうの日記では、認定カウンセラーの方々のHPを紹介しました。

この紹介を見てネガティブな感情が湧いた方が多いのではないかと思います。

すごい・・・こんなHP作っているんだ、私にはムリ。又は、私は別になにもない、だって知らない人たちだし、自分はカウンセラーではないし、興味ないし、と思う方も、もし、これが知り合いで、同じ業種で、気になっている人だったら、と想像してみてください(きのう紹介した方々も逆の立場だったらと想像してみてください)・・・・おもしろくないでしょう?・・・・うまくいっている人っておもしろくないんです。

これがすごく大事なところなんです。これをそのまま感じられて、認められるということが。あるものをそのまま見ることのできる能力です。

私もかつては、友人の活躍を見たり、聞いたり、自分が下に見ていた人がうまくいっているのを知ると「すごいねーー」「よかったねーー」と言いながら内心、ネガティブな感情に包まれていました。嫉妬や悔しさや自分のほうが上なのに、とか、まあ、どうでもいいけどね、とか(ちっともどうでもよくないのに)そして、そんな感情を持つ自分はレベルが低いと感じるので、できるだけそれを感じないようにし、他には知られないようにしてきました。

そうやって年をとり、ますます、そんな面倒なこと、私にはありません風にしていくうちに、魂(「私」)はその不一致を修正すべくあらゆることをセッティングしました。それにより、病気や事件やケガやもんもん、いらいらとした毎日など・・・と目まぐるしい30代〜40代になりました(修正するまで終わらない)

こうして痛い思いと共に学んだことは「自分に正直であれ」ということでした。自分が不一致のままいるということが、最も自分にとって(他にとっても)まずいことなんです。

本当はこう思っているのに、そうではないふりをする、そうではなく考える、そうではなく捉える、そうではなく意味づける。または、ネガティブな感情を感じないですむように、そこに関わらないようにする、ネガティブの感情を感じさせた相手を切る、無関心でいる、他のことへ熱中するなどして、本当に起きていることから目をそむける。そのままいくということは自分の中のネガティブな感情を放棄することになります。その放棄された感情たち、どうなるのでしょう。

もし、きのうの日記で不快になった方はぜひ自分のパターンをみつけそれに語りかけをしてください。ネガティブなものたちには(も)たったこれだけのことなんです。シンプル。起きていることはたったそれだけです。

日記
2019/09/15

毎朝、楽しみにしているのが、認定カウンセラーの方々の日記です。

・赤木洋子さんの「自分を育てるカウンセリング」 http://sodatu556.exblog.jp/i0/

・岩崎 マーガレット 葉子さんの「自生塾」 http://jiseijuku.com/

・喜屋武 春美さんの 「魂の学び舎沖縄・カウンセリング」http://ameblo.jp/tamasiinoseityou/

・アリ 真弓さんの「心と身体と魂をつなぐカウンセリング〜心に天の庭をつくる〜」https://ameblo.jp/angelica777/

・新田 真紀さんの「Rowing-魂の成長をめざすカウンセリング‐」https://www.rowing-counselingiwate.com/

・渡邊 優さんの「人成道-だれのものでもない自分の人生を生きよう」https://www.yutakawatanabe.org/

毎日書いている方、決まった日にちに書いている方などそれぞれですが、朝から、うーーーーん、と、うなりながら読み応えのある日記を読むのが楽しみです。

全て、私には書けないものです。その方の思い、考え、体験、在り方など、その方そのものがその文章に溶け込んでいます。こうして、日記を書く方がこれからも増えていくことを楽しみにしています(老後の楽しみ)

書くことで自分を表現する力がつきます。表現力のある文章は誰かに気づきを与えたり、助けることになります。こうして皆さんが広く世へ出て行くその姿を見ながら、私はすーーーっと消えていくのもいいなあ・・・と思っています。

はっきりとわからなくていい
2019/09/14

黒パターンの存在を知り、その後、白パターンを選ぶということをやっていくことは「黒パターンで話してはいけない、言動してはいけない」ということだと思うかもしれませんが、そういうことではありません。

「黒パターンで話してはいけない、言動してはいけない」ではなく「もう、黒パターンで話したくない、言動したくない」というところに向かっています。これは誰がそうしたがっているのか、というと「私」です。そのために白黒ワークがあり、そこで、そこに沿った白(の言葉)を選ぶということは、その裏には、もう、黒パターンで話したくない、言動したくない、というものがあります。

ずっと使ってきて慣れている黒パターンで話し、言動していくことで受け取ることになる、ダメージや不和や停滞や重さ、閉塞、絶望など、もう、それはいい。それをずっと繰り返していることは、もう、いい加減いい。もう、そうではないものを選びたいというところへ向かうことをしています(領域のシフト)

ですから、黒パターンで話してはいけない、言動してはいけない、ではないということです。「黒パターンで話してはいけない、と思うと、息苦しさを感じる」と思っているときはまだまだパターンが話したがっているときです。話したいのに、それはだめ、と抑え込まれるので、パターンはますます苦しくなります。

この、感覚的なところがなんとなくわかるといいなあと思います。はっきりとわからなくていいんです。なんとなく、言われていることがうっすらならわかる、で、いいんです。うっすらわかればそこに向かうだけなので。探求はこういうわかり方です。すぐにはっきりではないです。そんな在り方にも慣れていくといいですね。

形になる前に
2019/09/13

台風13号にあうことなく、沖縄へ行き、そして、台風15号にあうことなく帰ってきました。帰ってきてから、トミーに台風の様子を聞くと、ものすごい音でうるさくて眠れなかったので、耳栓をして寝たと言っていました。沖縄も台風が去ったとはいえ、スコールのような雨が降り、やんだと思うと、また降りの繰り返しでした。

日本中が水びたしです。

さて「今起きていることには意味がある」ということについて。

これって、今起きていること、それは例えば、今起きている病気、とか、今お金に困っている、とか、今夫と喧嘩中、とか。今目に見えるものとして起きているものごとについてのことだと思うと思います。

病気になったこのことには意味がある、今、お金に困っていることに意味がある、夫と喧嘩をしていることに意味がある、その意味を知る、というふうにです。

しかし、これはそのそもそもの意味に気づいていなかったので、目に見えるものとして現れているということです。気付かなかった結果なんですね。

では、そのそもそもの意味って何なんだと言うと、例えば、病気という現れになる前、自分の心の中に悲しみや後悔や寂しさという感情がわいていた、それについてもんもんと考えたというものです。この、繰り返されていた感情、それによる思考そのものが、意味のあることなんです。その意味をスルーしてしまうことで、目に見える形としてそれは現れます。目に見える形になる前のものは誰の目にも見えないものです。でも、自分は感じているし、捉えてもいます(感情を抑圧していたり、だましていたりすると鈍麻しますが)

まだ目に見えないもののときに、これはどういうことだろうと、注意を向け、そこにあるもの(意味)を見つけることなんです。その時点でその意味を知れば、それを選び変えることもできます。しかし、形になってしまってからの選びかえには時間がかかります(でも、決して無理ではないです)

ですから「今起きている感情に(思考に)は意味がある」ということです。ここにより全てが変わってくるので、これをスルーしないことが大事です。

つまらない
2019/09/06

きのうは、隣駅にあるおしゃれな「テラスモール湘南」へ行きました。

ぶらぶらと館内を歩いてみると、もうすでに、秋冬ものの服が出ていました。今年の秋はチェック柄とヒョウ柄が流行なんでしょうか。どの店にもこの2つがありました。

しかし〜つまらない。同じものしか売っていない。ああ、ときめく服にめぐりあいたい。

私が若かった頃は(・・・って言い出すと年だそうですが)ときめく服がたくさんありました。若かったからときめきやすかったのかもしれませんが、それでも、今の服よりも上質で、個性的なものがありました。色々なものがあったので、それぞれの個性を持つ服の中からどんなものが自分に似合うのか、ということを知ることができました。

今は最先端の流行をいち早く取り入れ、安価で、ぱっと見おしゃれに見える、ファストファッションが主流ですが、同じものしかないので、自分に似合うかどうかという選択よりも、まあ、いいか、安いし、それなりにおしゃれに見えるし、というところで買うことが普通になっています。

手頃ではありますが、ファストファッションの問題もあります。安価であるので、容易に捨てられ、使い捨てのような服は年々ごみとして出され、それが環境問題になっています。又、生産の過程での人権問題や、搾取、汚染の問題もあります。安価のものを提供するには、どこかで犠牲になっているもの、人がいるということです。

誰かの、犠牲の上につくられた服はいらない。正しく製造されているものを買いたい。これは食品についても言えます。自分にとって都合がいいからということだけではないです。

今日はこれから沖縄です。台風13号どうなんでしょう。飛行機は飛びそうですが…。関東へも台風15号が向かっているようです。どうぞ皆さまも気をつけてお過ごしください。

正しい、間違いはある
2019/09/05

「正しいも間違いもない」とスピ系では言います。

これ、そのまま鵜呑みにしてしまうと大変なことに・・・。

これは、人がそれぞれに何かに対して意味づけすることにおいて、正しいも間違いもない、ということを言っているだけで、歴然と、正しいと間違いはあります。

正しいものは天の意思でありそれはコピーされ「私」を構成している良心に反映されています。間違いはそこから離れてしまっているものです。

このように、鵜呑みにしてしまうと、それにより、思わぬ方向へいってしまうこともあります。「自分の何も変えなくていい」とか「自然体で」とか「全てを受け入れて」とか「自分を愛する」とか。

そもそものその言葉の意味を自分が理解できるように、感じられるようになるためには自分自身を育てていくことが必要となります。知識を増やす、情報を多く持つのではなく、自分自身を育てることです。そして、それこそがおもしろいことだと思います。今まで見えていなかったもの、知らなかったこと、感じられなかったことがわかってくると、それは理屈抜きで楽しいです。楽しいから学ぶことを継続できる。それによりまた新な世界を見る。その繰り返しです。

さて、今回、また、お一人「魂の道場」からカウンセラーが誕生しました。

渡邊 優さん、男性の方です。今、思い返せば、私は女性には多少気を使う(これでも)ものの、男性にはそのままで接してきたので、渡邊さんは、大変な思いや嫌な思いもしてきたと思います。それでも、自分はカウンセラーになる、という目標を持ち続け、ご自分の努力でカウンセラー試験に合格されました。初めてお会いしたときから今まで、自発的に努力を続けてきた方です。又、サーファーでもあり、湘南の地に愛されている方です。公式サイトもアップしていますので、どうぞご覧ください。

北海道にありがとう
2019/09/04

お久しぶりです。

忙しい北海道の日々でしたが、トミーの両親と、私たち、お互いに意思疎通をとることができて、また、新なスタートを切ることになりそうです。

高齢になり、離れて暮らす両親をこれからどのように見ていくのか、というところは、多くの方が経験することだろうと思います。私とトミーにとっても両親にとっても(誰にとっても)必要なことが起きているのがすごくわかります。それぞれの「私」のセッティングです。それにより成長することを「私」はわかっているから(高齢でもそれが起きる)それを知っていれば、全部OKです。この皆に与えられた機会を「私」が納得するように必ずしていきます。

帰りの飛行機の中で、離陸前に、目の前の画面に北海道の壮大な風景が映し出されていました。

広い原野、大海原、雪の山々、真っ青な空、ラベンダーの丘、北海道特有の樹々、鳥と動物たち。全てのスケールが大きくて、やはり北海道だなあと思いながらぼーっと見ていて、ふと、昔々、ある人の言っていた言葉の意味がわかりました。

その言葉は・・・・・「命よりも大事なものがある」・・・・・

昔、それを聞いたときは全くわかりませんでした。命が最も大事なものと思っていましたから。

しかし、こうして、映し出されている北海道の風景を見ていて、それは途切れることなく、脈々と続いていることに気づきました。この、繰り返しこそが最も大事なことなんだと思いました。全てが流転している。リサイクルされている。私たちはこの中でほんの一時生きているだけの存在です。そんな一時生きているものを傍目に繰り返されている営みには、全体があります。

自分の命もそのうちのひとつですが、いずれそれも流転されていく。実はそのシステムこそが最も大事なものなんだと思いました。

しかし、それは自分の命を粗末にしていいということではもちろんありません。命は大事なものです。しかし、システムありきと思うと、自分の命でありながらも、そうではないようにさえ思えます。もっともっとゆだねてしまえばいい。あらゆる流転の中に。

これもいつか誰かのために使えそうな気がしています。

思いもかけないところで今までわからなかったことを知った。・・・北海道にありがとう・・・です。

50代の方へ・・・
2019/08/27

63歳の今、50代のよさ、大切さを実感しています。これは自分が体験してのことだけではなく、お会いしている方々を見ていてもとても感じています。

50代の何がよいのかというと、まだまだ、のびしろがあり、伸ばせるだけの体力も気力も知力も今まで培ってきた自分専用のそれが十分にあるというところがです。

この体力、気力、知力も自分のものとしてわかりはじめていて、それをうまく使えるようになる年代だと思います。それは、自分の能力を本来の意味(いずれ自分だけのものではなく他のために使うであろう)で開花させ、自分を豊かにする貴重な時なのだと思います。

ですから50代の方々は、自分の在り方、人生というものをこのときに完成させていくと思っていってください。50代からの10年はすごくいいと思います。

こう書くと、60代の私はどうなの?もう、遅いの?と思うかもしれません。60代の方々は、堂々と今まで創ってきた自分の人生を満喫するときなのだと思います。満喫し、熟成させます。50代のときのような体力や気力は減少していきますが、確固たる、今まで生きてきたという実績があります。誰にも何も言わせない実績です。それはまだ50代の方々では感じられないものだと思います。

とにかく生きてきたという実績は、自分だけのものではなく、後に続く人達を助けるものに変化させて使えるといいと思います。60代に入ったら、とにかく堂々と生きる。より正直に、より素直に、よりしなやかに強く、より感性豊かに、より知恵をもち、です。そして若い人たちをサポートすることを担います。

30代の方は、人が体験するであろうあらゆることをたくさん体験されるといいと思います。守りにはいらずに、失敗や、挫折を怖がらず(大丈夫、ワークがあるから)冒険してください。やりたいことはどんどんやりましょう。

40代の方はこれから迎える50代への準備のときになるのだろうと思います。仕事や家庭や子育てを通して、この2極の世界での理不尽さや、問題、悩みなどをたくさん体験すると思います。そこでどのように生きていったらいいのか、この世界での処世術もまた大事で、それを体験したからこそ、少しずつ本当の自分というものへシフトしていくのだと思います。

こうして考えてみると、カウンセラーって50代中頃から60代がいいのかもしれません。人と向き合う前に豊かな自分になっておくことはあらゆるものを使って誰かをサポートができると思います。もう50代だから、もう60代だからじゃないんですよ。各年代のその10年10年はとても大事なものです。そして、どの年代も旨味があるものだと、今振り返り思っています(まだ、70代のことは未体験なのでわかりませんが・・・・)

さて、明日から北海道へ行きます。トミーの両親が高齢になり、これからのことを話し合うことになりました。しばらく日記はお休みいたします。どうぞ皆さまもお元気でお過ごしください。行ってまいります。

小さな挑戦
2019/08/26

先日の日記に「私」としての(選んだ)行動ということを書きました。

「それは、例えば、諦めること、手放すこと、より理解すること、言えなかったことを言うこと、人は絶対ではないことに気づくこと、自分のセンサーを信じていいことなどです」・・・・・と。

こういう小さなひとつひとつの積み重ねが自分に力をつけ、自分がこれからを生きていくための気づきを与え、自分を成長・進化させていくわけですが、この「私」の行動の最たるものは「今のままの自分を好きになること」なんです。ここがみんな最も苦手で避けてきたところです。

かと言って「私は私を好きだ好きだ」と言い続けても変わらないということはわかると思います。行動(実践)あっての変化であることは何ごともそうです。

ですから、先ほどの行動は、ここに向かっての小さな挑戦となります。

生まれたときから今まで、自分が好きで好きでという思いで生きてきた人はいません。幼稚園から小学校、中学、高校、大学、そして社会人になり、家庭を持ち、親になるという一般的な在り方には常に自分を否定するような要素がごまんとありました。周りを見れば、自分のできないことをやってのけている人たちがいる、目立って活躍をしている人もいる、幸せに生きている人もいる。自分が欲しかったものを持っている人たちがいる。それに比べて自分は・・・。と自分を否定的に見ていく=黒パターンで生きることが身についています。

それにより作ってきてしまった自分自身と自分の環境、人生。ここを本来の自分に戻していく、それは、この自己否定を自己肯定へ、自分が自分で、自分を好きへもっていくしかありません。

自分を好きになることは条件を満たすことではありません。もっとこうだったらいいのに、こうであればよかったのに、というところを満たしたとしても、必ず次の不満が出てきます。

やりたいことは自分の中に在るもの全てにOKをだせる「私」になることです。みんなまとめて面倒見ようと思える自分になることです。

小さな挑戦は、そこを活性化してくれます。ですからどんなことでも自分が避けてきたこと、苦手だと思いやらなかったことはどんどんやってみてください。そうできる自分がいつの日か心から好きだと思えるようになっていきます。

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