| 心はすでに… | - 2025/12/26
- 24日の駅ビル、その他周辺のお店も、人がとても多かった。なんで、こんなに人が並んでいるのだろうかと見たら、そこはケーキやさん。そうか…(世の中)クリスマスだったんだとわかりました。
と、こんな感じで、今年はこの嫌いな時期を知らぬ間に行けそうな気配がします。長年かけて、この時期になると嫌だ、早く過ぎればいいのに、と思ってきたので、宇宙がそうしてくれたのかも。と勝手に意味づけてよしよし、と思う。
で、心はすでに来年へ。道場としてやっていきたいところを決めていっています。
こう書くと、自分の意思で計画立ててやっているような印象ですが、実はそうではなく。常に浮かんだものに「いいね」という感じで今までも決めてきていました。これはあちらから来ているものであり、それは皆のためのもの(もちろん私も共に学ぶのですが)だから、浮かぶのだとこれもそのように意味づけています(…と言うように創ったということです)
で、与えられたそのヒントに対して、もっと違うものをください、ではなくそれは意味あってのことだからそのまま受け取り、あとはそれを学ぶために、具体的にどの資料を使うか、とか、実際それを作ることをしていきます。ここまで全部宇宙がやってくれるといいのですが、さすがにそこは自分でやってよ、です。かといってAIでもない。会議の資料ではないからです。
そうやってワークはじめ、学びの質を上げていっています。質を上げるというのはそれについてのまだ気づいていないところに気づいていかれること。
ある方から(お会いしている方ではありません)「よく、そんなに長く、やっていますね」と以前、言われたことがありました。「普通、クラスって長くても数年だと思う。よくやることがあるよね」ということでした。「よくやることがあるよね」にはどんどん新しいことをやっていて、皆を飽きさせないと思ったのでしょう。でも、そういうことではないんだなあ。
私は逆に、何かを教えたり、伝えたりって、やればやるほどその後ろにあるもの、奥にあるもの、と、深みが増していくので、よく数年で終えられるなあという思いです。これは興味のない人には全くおもしろくないことですが、何かを自分のものにしていくことに興味のある人は、一通りできるようになることで満足できずに、知らず知らずのうちに自分がその後ろにあるもの、奥にあるものへ足を進めているのだと思います。知らず知らずのうちに…それが自然で、無理なく、ごく普通に行われていることが素敵だと思うのです。
それも、興味がある、というところに対して宇宙が先へ進むことを与えてくれているのかも。だから、自分の力で頑張ろう、どうにかしよう、絶対やってやる、を選ばないということです。これを諦める。ひとりで生きているのではなく、全員があちらとともに生きているのです。
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