| 私は、私が、がないから | - 2025/08/26
- 先日、TVで「93歳の新聞記者」という番組を見ました。以下その紹介文です。「涌井友子さんは93歳。中野区のローカル新聞「週刊とうきょう」の現役記者だ。バスと電車を乗り継いで自分の足で区内を回る毎日。取材・執筆・校正、時には配達まで手がけ、地元の出来事を中心に月2回発行する。戦時中、報じられる情報から勝利を信じていた少女は、戦後、4人の子どもを育てながらペンを握った。新聞、雑誌、ラジオ、テレビ、ネット…めまぐるしくメディアが変わり続けた93年を彼女の言葉でたどる。(ドキュメント 20min.より)
画面には93歳の現役新聞記者の姿が映っていました。杖をつきながら取材先まで40分かけて歩き、取材先の関係者の方に「週刊とうきょうの涌井です」と挨拶をし、その後は取材用のノートとペン、ボイスレコーダー、カメラを用意して現場を取材します。帰ってきてからは取材の内容を執筆し、長女の方に原稿起こしをしてもらい、その後、何度も校正、そして印刷に出します。
私はただただ、目が点になってしまった…。93歳ですよ。すごい…では終われないぐらいのまっすぐな気迫を感じました。押しつけがましくなく、私、現役なんです、頑張っているんです、と自己主張することも全くなく「公平に誰にも肩入れせず、事実をたんたんと書くようにしている」と、おっしゃている姿には50年間続けてきたプロの記者としての在り方がにじみ出ていました。
93歳でどうして、ここまでの仕事ができるのだろうか。いや、できるとか、できないとかということではないのかもしれません。月2回発行するのだから、それを途絶えさせないように、そして中野区の催し物や、出来事をこの地区に住む人々に伝えるために、そのためだけに日々、続けていく、というとてもシンプルで純粋なことなのかもしれません。
ご高齢でいらっしゃるから、痛いところや、不都合なところはおありだと思います。しかし、それよりも月2回の発行のほうが上回っているのかもしれない。その心が、何かを動かし、仕事として続けさせているのかもしれません。
今、SNS上ではおしゃれな高齢者や、カリスマ高齢者や、美魔女高齢者などが次々と登場しています。それはそれでご本人がよければいいわけです。そして、世間的にも、そういう高齢者に憧れ、自分もそのようになっていきたい、という人が多いのだと思います。そうであればより、そこは増えていく。しかし、そこで感じるものは「私を見て!」というものです。
涌井さんは、そういう高齢者の方達とは、異質な「意思」を感じる方でした。私個人としては、とてもかっこよさを感じ、惹かれました。自分の「意志」自分の「哲学」そういうものが無意識のうちにもあふれ出しているのも、そこに「私は、私が」がないからだろうと思いました。中野区に住む人々のために…というところが涌井さんの基本になっていらっしゃるのだろうと思います。こんなに素敵な先輩がいらっしゃる。それもとてもうれしかった。
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