| 「私」とは… | - 2025/08/15
- 「私」って…崇高で、人離れしている感じがするかもしれません。愛が深く、やさしさとおだやかさでパターンたちを包み込んでくれるような存在。いつでも「そうか、そうか、つらかったね、よく頑張ったね」と言ってくれる存在。ひたすらパターンに優しい。そんなイメージがあるかもしれません(この感覚が強い場合はまだパターン寄りです)
しかし「私」をよく見てみると、半分は男性性の資質、半分は女性性の資質でできています。これは、はっきりと男女分けられるものではありませんが、わかりやすく言うと、です。
男性性資質は動的であり女性性資質は静的とも言えます。「私」は重厚であり、軽い。優しく厳しい。というように相反する資質を持っています。それらをその時その時で屈指していくことで、この世をいいあんばいでわたるために。
そう考えると「私」というのは、天に近いものではなく、神の子ではありながら人間界用に創られたものです。この地上での日々の生活をできるだけスムーズに行うために与えられている道具の数々を持っているものとも言えます。「私」はこの地上での日々の生活というところに重きをおいているので、とっても人っぽいんです。天上界にいるわけではありません。
で、人間がスムーズに生きるためには、知恵が必要になります。こういう場合、どうするのが自他ともによいのか、この場合、何をするのか/しないのかがよいのか、これは自分にとってどういうものなのか、それを実行するために自分の中のどんな資質を使うのか、何をするのか、それは「私」が納得するものなのか、などです。
何が起こるかわからないこの地上界では、できるだけたくさんの選択肢があったほうがいいわけで、そのためには自分がたくさんの道具を持っていることを知っていくことは役に立ちます。道具はすでに与えられています。後はそれを使うだけです。
「私」の持つ資質には、我慢、努力、忍耐、破壊、闘う、逃げる、嘘も方便、など、一見「え?」というものもあります(これについては初めはこのことは言いませんでした。わからなくなると思ったので)それらは、一般的に言われているよりも、もちろん質の高いものとしてです。「私」として生きるとはこういう類のものも使えるようになるということです。
以前から、「私」として生きるとはとても現実的になること、と言っていたと思います。今、こういうことか、とわかるようにきっとなってきていると思います。だからもうファンタジーの「私」を追い続けるのではなく「私」の本来の姿のこともそこへの理解を深めることで、現実的に認識していかれると思います。
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