広島の日に思う | - 2025/08/06
- 今日は、原爆投下から80回目の広島「原爆の日」。その式典を見ました。犠牲になられた方々の御霊が安らぎの中にいられることを深く願います。
核なき世界を…戦争のない世界を…とほとんどの人は望んでいます。そのためには、お互いを理解し合う対話が必要だと言われています。
で、私は、そういう対話をするためには、まず、各自が自分の内の闘いをやめるべきだと思っています。自分の内を平和にする努力をしていく必要がある。それがあって初めて、他人を、他国を、それぞれに理解するということができるんじゃないかと思うからです。
ここがなくて、お互いを理解する対話はできないと思っています。そこでの対話では、いかに相手を納得させられるか、というところになるだろうと思っています。これでは結局はお互いに自分の言い分を押し通すことになり、今までと、変わりがないです。
だから、まずは自分の心に平和を自分で創るということです。時間はかかるし、大変な作業だとも思いますが、こういうことを、もうやっていく時に来ているのではないかとも思います(地球規模で)まずは自分が平和を感じられるように生きることが大事です。それは、どうしてかというと、人の感じていることはそのまま外に出ていくからです。それが善きものであっても、悪しきものであっても、他人に影響を与えるからです。
自分と他人を比べたり(これも他人を使っていることです)自他を評価したり、憎んだり、羨ましがったり、卑下したり、優越感にひたったり、恐怖と不安に突き動かされたり…。このような類のものは自分の内での闘いです。そのようなパターンを「私」は選ばない。野放しにしない。白パターンを選ぶ。そして毎日行動する。そしてそれを継続。こうして自分の心を平和な心に創りかえていかなくてはなりません。自他のために。
そういう人が増えていくことで世界は変わるだろうと思います。世界が変わる、というところまではかなりの時間がかかると思いますが、今、私たちが、世界に対してできることはこれだと思っています。自分の内を平和にする。
そして、これはこれからの時代を生きていく上で大切にされるべきものになっていくのではないかとも思っています。
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