| 今世の残りの日々は… | - 2025/11/27
- 若い頃の自分を思い出す。若い頃って20代〜30代の頃。それは、お会いした方との話からだったのですが…。
まあーーーーーーー、ほんとにーーーーーー、恥ずかしいくらい何もわかっていなかった私。そのくせ、負けず嫌いで、自分はそれなりだとも思っていました。若いから、というだけのことで、何もわかっていなくても受け入れられ、周りからチヤホヤされ、それをマに受けて、自分って特別位に思っていたのです。
今の私がその頃の私に会うことができたら「何さまのつもり?あなたは凡人、普通の人、己を知れ」と言うだろう。それで傷ついてもいい、怒ってもいい、ショックを受けてもいい、それでもいいたいと思うくらいです。「大丈夫、あなたもきっとうまくいくからね」なんて口が裂けても言わない。真実のど直球でしかわからないタイプだから。
そして、思い出したこと。そんな自分の鼻をへし折った人々がいました。まずは、当時アルバイトで働いていた放送局に集まる歌手やタレントさんたち。そしてスタッフの人達。同年の彼女たちの可愛らしさや、美しさ、聡明さはもう、レベル違いでした。先輩が教えてくれたのですが、一人の人をデビューさせるのにあらゆる分野のプロがついて、あらゆることを学ぶから…ただ綺麗、可愛い、スタイルがいい、歌がうまい、ということでここに来ているんじゃないから(どれだけ努力しているかということだったのだと思う。そして、そうやってきた人たちと仕事をするのだからしっかりやれということだったのだと思う)ということでした。
私はそういう人ではない、という現実。求められることもない、という現実。大して仕事もできないのに、先輩たちに守られながら置いてもらっているという現実。そして、ガツンとストレートに注意をしてくれる先輩たちのおかげでそういうことに初めて気づく。
そして、その後も、私の鼻をへし折る人々は次々とあらわれ(そのセッティングはみごと)その都度、自分が何もわかっていないことや、現実を知らないこと、己を全く知らないことなどを次々とつきつけられていきました。そのときにはショックや怒りや悲しみを受けながらも、こうして他人により私は育てていってもらったのです。
人には言えないような、やらかしてしまったこと。あやまちの数々。それでも、ここまで生かしていただきました。そのおひとりおひとりが神さまのお使いだったのだと今は思うくらい、危ういときに現れて、ガツンと言ってくれました。私は多くの人達に育てていただいた。そして、大きなものに守られて生かしていただいた。
だから、今世の残りの日々は、より正しく生きる。それで昔がチャラになるという事はありませんが(1回でもウソをついたら死後は地獄行です、とある先生に言われたので、地獄確定ではありますが)それでも、そうして生きよう。「私」の望む日々を作ろう。
誰もがすでに神さまに愛され、見守られています。そして、あたかも神さまのお使いの様な人達が必要なときには現れます。だから、素直に、正直に、心を開いて、その機会をいかしてください。その機会をいかすという事自体がとても恵まれていることだと思います。
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