ponta日記

・主婦カウンセラーの日常・・・は?

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心の余裕
2020/08/11

女優の田中裕子さん主演の映画がこの秋に上映される。

『おらおらでひとりいぐも』

75歳でひとり暮らしをしている主人公を田中裕子さんが。その主人公の若かりし頃を女優の蒼井優さんが演じるとのこと。おふたりとも好きな女優さんなので見たいと思っています。このおふたりの何が好きなのか、というとずばり「顔」!です。あの感じの顔が好きなんです(あと、黒木華さんとか)好きな顔が2人も出ているなんて。楽しみです。

その映画の予告編を見ていたら、主人公が孫とこんなやりとりをしているシーンがありました。

孫「ババ、いいね」

主人公「何が?」

孫「自由で」

これ、これ、すごくわかると思いました。私も祖母を見ていて子供心に同じことを思っていました。「おばあちゃんっていいなあ、自由で。私は学校へ行かなくちゃいけなくて、帰ってきてからも決められたことがあるのに」それにくらべておばあちゃんってすごく自由に見えたんです(母や父は自由には見えなかったけれども)だから早く私もおばあちゃんになりたいと思っていました。

おばあちゃんというのは、やるべきことがなくて、自分の都合で1日を過ごせて、いつものんびりしているみたいに見ていた。しかし、自分もこの年になり(孫はいないけれど)この年にはこの年のやるべきことがあり、決して子供の頃に思い描いていた自由な存在ではなかったことがよくわかります。

それよりも、孤独や寂しや後悔を感じながら若いときのように自由に動く体ではない体で日々を生きることもあるかもしれません。

それでも子供には自由に見えるのはなんで?たぶん、たくさんのいろんな体験をしてきたからかもしれないですね。たくさんのいろんな体験により、心に余裕が創られて、それが醸し出されているのかもしれないです。(母や父はまだそこまでいっていなかったのか)その余裕の部分を子供は感じていて自由でいいなあと思うのかも。

だからいろんな体験をたくさんすることは大事なのだと思います。体験に、無駄とか、意味ないとか、これは役に立たないは、ない。それらは将来の心の余裕になる。

国歌
2020/08/10

先日、ふと、各国の国歌ってどんななのかなあ…と思い、色々と聞きまくりました。

アメリカ合衆国国歌の「星条旗」からはじまり、ブータン、インド、アフリカの国々などなど。それぞれのお国柄が感じられるものもあれば「?」というものもあり。おもしろいです。

その中でメロディーを知っているのは、イギリス国歌、ドイツ連邦共和国国歌、フランス共和国国歌、ロシア連邦国歌でした。和訳も出ていたのですが、それぞれ繰り返されるフレーズがあります。例えば、イギリス国歌では「神よ女王陛下を守り給え」、ドイツ連邦共和国国歌では「ドイツよ、全てのものの上にあれ」、フランス共和国国歌では「武器を取れ、市民よ。進め、進め」、ロシア連邦国歌では「栄光あれ我らの自由なる祖国よ」といったものでした。

闘いの末手にした栄光、発展、誇りある我々、神よ、それが永久に続きますように。というイメージでした。日本は島国ですが、陸続きの国では、闘いの日々だったのでしょう。ロシア連邦国歌は大国をおもわせる威風堂々としたメロディーラインで、とても好きです。

私のベストワンはデンマークの国歌「麗しき国」でした。澄み渡る声と、やさしく響くメロディーライン、歌詞の内容が他の国歌とはちょっと違うものでした。よろしければ。朝から暑い日がちょっとさわやかになるかもしれません。

https://www.youtube.com/watch?v=Cx8tbOG57g0

底力
2020/08/09

今日は「長崎原爆の日」平和を願う。

私の母は体が弱い人でした。子供の頃から弱ったようです。ずっと体の弱い自分であるとパターンが決めてしまっていたようなところがありました。そこに縛られてしまっていたことがかわいそうでした。

その母が、戦時中と戦後は、元気だったということを聞いたことがありました。きっと、体に意識を向けていることがないほど、日々の生活(食べること)をどうしていくか、というところにだけ意識が100%いっていたからだと思います。

もしかしたら不調だったのかもしれませんが、それに意識がいかないほど食べることが優先されていたのだと思います。

母は大きなリュックを背負って、超混みの汽車にゆられて、食料を調達しにいったそうです。自分でも、何故そんなことができたのか、不思議だったと思います。

…人間、いよいよになると底力が出る…これは、祖母の言葉です。関東大震災と、東京大空襲とを生き延びてきた人の言葉なのできっとそうなのだろうと思えます。

そして、そういう祖母や母の血が私にも流れていると思うと、いよいよのときにもきっと私もそれなりにやるだろうとも思えます。いよいよのときにスイッチが入る底力はきっと誰の中にも用意されているのだろうと思います。

そして、大事なことは、その底力がすぐに発動しなくてもいいということです。悩んで、悔やんで、落ち込んで、でも、このスイッチを思いだして、自分のペースで発動していけばいいということです。

完全だから
2020/08/08

「あなたはすでに完全だから。あなたは今のあなたのままでいい」とマスターたちが言います。

これは昨日の日記に書いたことです。

でも、それは黒パターンのまま今までどおりにいればいい、ということではありません。黒パターンによる今までどおりは誰にとっても楽ではないものです。

では、何を完全と言っているのかというと、今のあなたは、あなたという意識(魂)を成長・進化させていくために必要なものを全て揃えて持っているから完全なのだということです。それは必要なときに必要なことを起こし、あなたという意識(魂)を成長・進化させることに協力しているんですよ。それは完全ということでしょ?ということです。

成長・進化のための道具は全て自分の中に揃っているんです。今世の課題をクリアするためのあらゆる道具はもうすでにある。そういう意味で私たちはすでに完全。

しかし、それをただもっているだけでは宝の持ち腐れになります。宝の持ち腐れにしたくないから色々とネガティブな感情がわいたり、悩みや問題が発生するんです。このままじゃもったいない、腐るよーーーというサインです。

ここで、道具をうまく使える人が必要となります。それが「私」です。「私」は知っています。自分しかこれらの道具を使えるものはいない…と。何故知っているのか?たくさん前世を生きてきているからです。きっとうまく使えた前世もあったでしょう。ずっと使えなかった部分もあったでしょう。だから、道具であるパターンの問題ではなくうまく使えるかどうかの「私」の問題です。誰でもが必ず生まれるときに「今度こそ」と思ってきているはず。

「私」が道具であるパターンをうまく使うということは、全てのパターンを許し、新なパターンを選び、行動するということです。これだけなんです。マスターたちはそれぞれのやり方でその体験をしている方達です。それを言葉にしたときに「抵抗するな、闘うな」「あなたはすでに天国にいる」「一瞬一瞬何を選ぶのかだ」「ネガティブなものを喜んで受け入れなさい」「シンプルであれ」などなど、それぞれの表現になります。言っていることは同じ、ひとつです。

今の自分でいい
2020/08/07

自分に向き合い、自分の傷ついているパターンを自分でケアし、新なパターンを選び、そこにそって生活し続けていくうちに、きっと生活自体が変わっていくと思います。

それはなぜなのかというと、自分の中にいるパターンの存在をワークを通して許してきたからです。パターンの存在を許すということは「今の自分でいい」ということを認証していることになります。

この「今の自分でいい」というのは、人の精神性が成長していくうちに獲得していく領域で、ここはひとつの悟りであり、ここで人は悩みから解放されることを少しずつ体験していきます。そうか、今の自分でいい、が悟りのひとつだったのかと思う。

ですから、今苦しみがあるということは「今の自分でいい」とは思えていないということです。もっとこういう自分だったらいいのに、もっとこうでありたい、こんなふうにならなくてはいけない、あの人みたいになりたい、などなど、今の自分ではいけないのです(というパターン)それが自分を苦しめ、縛り付け、そこに居続けると(選択すると)それはどんどん大きくもなっていきます。

今の自分でいい、は、どんなパターンをもっている自分でも、いい、というものです。それは、これができないけれど私はこれができる、これがある、とか、もっとこうなるべきとは本当にそうなのか?と考えたり、すりかえたりして、だから今の自分でいいと思考で導き出すことではなく(なぜならばが不要)ただ、今の自分でいい、なんです。この、ただ、今の自分、で、いい、という状態になるためにワークをしています。

「今の自分でいい」の自分には価値があるもなく、ただ、今の自分でいい。この現実の自分。だから楽になる。これが楽というのはきっともう何も追いかけるものがなくなるからではないかと思います。

今の自分はもちろん黒パターンでいていいということではありません。「私」が黒パターン全てを許しているというところの今の自分でいい…です。

私にとっての8月
2020/08/06

今日は「広島原爆の日」平和を祈る。

そして、毎年、この日をむかえると、祖母や両親から聞いた戦時中の話を色々と思いだします。

父に聞いたことがあります。「全て空襲で燃えてなくなってしまって何が欲しかった?」と。すると父が「もちろん食べるもの、着るもの、寝る場所、とあるけれど、ずっとなくて困った物は、ハサミだった」と言いました。「ハサミ?」と聞くと「うん、ハサミがなくて本当に困った。誰も持っていなかった」と言いました。

だから…か。生前、父の家にはハサミが10個ほどありました。このときの思いからハサミを身のまわりにおいておきたかったのかもしれません。

「戦争で一番つらかったことはなんだった?」と聞いたときには「多くの未来ある人達が無駄死にしたこと。それから自分が一番勉強したかったときにそれができなかったことだった」と言いました。そして「たぶん多くの人がそう思っていると思う。あの時間を返してほしいと思っていると思う」と言っていたことを思い出しました。

私たちは幸せだと思う。自分の意思で自分がやりたいことができる時代を生きています。学ぶことも、旅行に行くことも、好きなものを買って、美味しいものを食べて、その自由と時間は与えられています。ハサミだって今やいろんな種類のものがあり、自分の好きなものを選べます。

でも、それに慣れてしまうと、不平、不満、もっともっとが出てくる。慣れてしまうということには弊害もついてまわる。

私にとっての8月は、そういうことを思い出し、反省し、見直す月です。

笑いのたえない日々
2020/08/05

近所のスーパーのレジで、会計をしていたら、レジを打っていた女性(多分同年代の方)が手渡しでレシートとおつりを渡してくれました。

それと同時に「あ〜すみません、トレーでお渡ししなければいけないのに、直接手渡しをしてしまいました」と言いました。「いえいえ気にしないでください」というと「気をつけているのによく間違えてしまうんです。もう、いやになる。早くもとのようにならないかしら。それに、このシート(と言ってその方と私の間にある透明なシートを指さして)お客様の顔を見ようとすると、すごく目が疲れるんです。かと言って顔を一切見ないのもねえ。あ〜すみません、お客様に余計なことをいいました」と言っていました。この話の長さもこの年代ならではです。

わかる、わかるよ。と私は心の中で言いました。ここで私が「わかりますぅ〜」と声に出して言うときっとお互いにまたそこから話が長くなると思い。

わかっていても間違えることが増えるのも、たかがシート1枚があるだけなのに、それがストレスになることも、話が続いちゃうことも・・・全ては加齢によるものであるということは・・・わかってる。

私もそう。先日も、日本ハム対中日の試合の画面を見て、日本ハムを「生ハム」と読んでいました。・・・生ハム対中日かあ・・・と本気で思っているんです。で、しばらくして生ハムではないということに気づく。気づいて呆然。大丈夫か自分?とこれは少々焦りました。

でも、そのうち間違えていることにも気づかないようになるのだろうから、それはそれでどうにかいけてしまうのかもしれません(周りはかなり迷惑かもしれないけど)今は自分の思い込みにどこかで気づき、自分でつっこみ、自分で自分を笑う。おかげで笑いのたえない日々。

自他を救う
2020/08/04

昨日の照ノ富士のインタビューの中で「自分が苦しいときに親方、女将さん、部屋の人たち、自分を応援してくれた人たちに、助けられた。だから、恩返しがしたいと思った」ということを話していました。

自分が本当にダメな時に、自分を助け、励まし、支えてくれた人たちのことは一生忘れることなく、願わくばそういう人達へ恩返しがしたいと思うと思います。

この「恩返し」というエネルギーは自分が恩返しできるようになるまでの自分を保つ大きな力になってくれるし、それがあるから成し遂げられたというものにもなります。

しかし、よくよく見てみるとやはり、自分のためにやってみたい、というところに本心はあると思います。自分のためにやってみたい。それは、それを超えなくてはたぶんこの先きっと後悔するとか、ここから逃げてもまた同じことを繰り返すだろうとか、を、自分ではわかっているからです。

でもその最中に心が折れそうにもなる、そんなときに恩返しをしたいという人々を思い出して頑張れる。こういうことが起きている。ここでも、誰かが、誰かの成長のサポートをしています。

照ノ富士の成長をサポートしている恩返しがしたいという存在の人々。その人たちとの出会いがあって、照ノ富士の魂はこの状態を超えようと思えたのだと思います。人との関わりって、このように、複雑にからみあって、でも、お互いに自分のためにやってみたい、やりたい、やろうとしていることを助けたり、助けられたりしてともに存在していると思います。

こういう関係性で成り立っているのであれば、とにかく、自分が自分のやりたいことをやるということになります。誰かのためにではなく、自分のために。そして、それは結果、誰かのためにもなっています。自分がやってみたい、やりたい、というところで生きているとき、その姿(あり方)が人々を励ましたり、癒したり、勇気を与えたり、素敵だなあと自然と思われたりします。

自分がやりたいように存在することが、自他を救うと言えると思います。そして自他を救うという在り方は宇宙の意思です。

だから今日も・・・・ 
2020/08/03

きのうは、大相撲の7月場所千秋楽。

横綱白鵬が途中から休場となり、白鵬ファンの私としては「ちぇーーーーーー」とかなりがっかりでした。もう、見なくていいかあと思いましたが、洗濯ものをたたむときのひとときにと…見続けました。

でも、見続けてよかったです。横綱白鵬がいなかった分、これから上ってくる若手の力士の活躍を見ることができました。

今回の優勝は、照ノ富士(伊勢ケ浜部屋)で5年ぶりの2度目の優勝。照ノ富士はかつて大関でしたが、けがや病気で序二段に落ち、自分ではもうやめよう、体のためにやめたほうがいいと思い、親方にそれを伝えると「辞めるか、辞めないかは、病気が治ってから決めたらどうか」と言われそれに従って、努力をし続けてきたのだそうです。

優勝インタビューで「続けてきてよかった」と言う照ノ富士の言葉には色々な思いがつまっている重い言葉でした。そのインタビューを見て、解説をしていた舞の海修平さんが「身体的な苦しさだけではなく、活躍しているときに人はよってくるけれど、だめになってしまったときには人は離れていく。そんな精神的な大変さもあったと思います」というようなことを話していました。

いろんなことを体験した5年ぶりの優勝は、5年前の優勝とは全く違ったものとして感じられているのだろうなあと思いました。

こうして誰もが、今自分が関わっていることを通して、自分のために自分の魂を成長させています。そこからはずれている人はひとりもいなくて、ひたすらそれを皆がやり続けている、という「形」が見えたような気がしました。本当にそれだけなのだと思います。

だから今日もその人その人の1日を生きる。

大人の想像力
2020/08/02

・・・・『岩手県で初の新型コロナウイルス感染者となった盛岡市の40代男性に対する誹謗(ひぼう)中傷、個人を特定しようとする動きが過熱している。国内唯一の感染未確認県だったことで全国から注目されており、県は公式ホームページ(HP)などで冷静な対応を呼び掛ける。男性が勤める県内の事業所は、7月29日午後11時すぎにHP上で社員の感染を公表した。インターネット掲示板で社名が取り沙汰されてアクセスが集中し、30日夜にサーバーがダウンした。31日までに、県内外から100件近い電話やメールが殺到。「感染した人間はクビにしたのか」「従業員の指導がなってない」といった本人や会社を攻撃する内容が多かった。』(河北新報)・・・・

やはり、こういうことが起こるんだ、と思いました。感染した男性を特定しようとする動き?特定してどうするつもりなのだろう。本人に、あなたのやったことは間違っていると、認めさせ、謝罪させたいのだろうか。

会社を攻撃して、何をさせたいのだろう。自分たちは正しく、そこに反することをしている人を雇っている会社の監督不行き届きであることを認めさせそれにも謝罪させたいのだろうか。

そうすることで皆がよくなっていかれると思っているのだろうか。

まず、何故そこまでして相手を責めたいのか、相手を正したいのか、何故自分がそうしようとしているのかを考えなくてはいけないと思います。もしかしたらそこには「自分に迷惑がかかるのが嫌、自分にもふりかかってくると困る」という思いがあるのでは?それが何より怖い、それが何より不安。正しいとか間違っているということよりもそっちが自分の中で暴れているのではないでしょうか。

では、もし逆の立場であったら?自分や家族が感染してしまったら?そのときにまわりから誹謗中傷されたらどんな気持ちになるだろう?そのことで仕事を失い、人間関係が崩れ、なおかつ症状に苦しむことになったら?そんなとき、どんな気持ちになると思いますか?

想像力というのは、こういうときの自分の怖さや不安を和らげてくれるものです。もし、自分だったら?と想像をする。誹謗中傷はどうみても違う、と自分のこととしてみるとわかります。

想像力はあらゆる場面で活躍します。立場を逆にして想像をしてみる。すると、相手のことがよく見え、理解でき、相手を矯正しようではなく、相手に自分はどのように接したいかを考えると思います。

コロナは、大人が見失ってしまった大人の想像力を取りもどせと言っているのかもしれないです。長く生きてきたからこその想像力。自分も苦しい思いをいっぱいしたからこその想像力。たくさんのあやまちを体験したからこその想像力。それが大人の想像力だと思う。大人の想像力は他人に優しいものです。

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