いつか、それが… | - 2025/06/11
- 6月の岩手クラスも無事に終わりました。ほっと安心。
で、パターンのこと(…と突然)。いつも言っているように、パターンを変えようとしない、ということ。語っていれば小さくなる、と言っていますが、それは消えることではないし、ひっかからなくなることでもない。小さくなるというのはパターン自体が安心している姿のことです。ですから、相変わらず、ひっかかる、それを持ち続けている、それでいいんです。
この、ひっかかるというところに執着してしまうと、ひっかかるレベルの自分が嫌であったり、自分はもっと大きな存在なんだ、とか、ミームが上とか、精神性が高い、とか、違う領域にいる、とか、すでにできている、とか、そのあたりにからめとられていきます。それ自体がパターンなので、それを選んではいけないと言えます。
選んではいけないのに選んでしまうのは「私」が機能していない状態であるということです。これは、パターンにしてみればうれしくて、とにかく、理想の自分になろうとします。パターンとしては、ひっかからなくなることが、成長・進化・心の統合だと思っているので、そちらを目指します。でも、苦しさがある。
どのパターンに対しても、そのパターンを上回るものがいつもひっぱっていくということになります。
・・・・・パターンを上回るもの・・・・・なんです。
パターンはこう言っている、それも強く、今までの体験を根拠に、その力は強い、そして、すぐに反応する、すぐにそれについて思考する。それは彼らの特徴です。しかし、それを上回るものがいればいいと思いませんか?
上回るものは、パターンの言い分も感情もよくわかっている。だけど、それを上回るものが決めていく。いつもいつも。その力自体が統合なんだと思います。これもひたすら練習しかありません。たくさんやっていく。そしてエラーする。またやっていく。そしてエラーする。これでいいんです。これが嫌だというパターンもいるかもしれません。やるからには正しくとか、間違いなく、というような(それがあるようであれば語ってください)
「私」は知っています。長い長い魂の歴史を思えば、そんなに簡単に単純なことではないことを。そして、物事は全て熟成させていかなくては真理に近づけないことを。
いつか、それが普通になりますように。
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